名古屋駅前貸し会議室が考える、個人情報、どこまで使ってどこまで守れる?

名古屋駅前にて格安貸し会議室「名駅セミナーオフィス」です。

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時間貸料金のみと格安設定にてご提供いたしております。

2019年1月現在、9~45名収容の会議室が計6室ございます。

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さて、その貸し会議室運営もなかなか難しいもので、いろいろな情報にて
運営するための考察をいろいろやっている次第です。

さて、今回の記事は、

フェイスブック問題を考える(上)個人情報という「通貨」寡占
問われる人間の自由意思 岡嶋裕史・中央大学准教授

ちょっと表題だけではよくわからないので、記事を簡単に見ていくと。

と思って読んだんですが、ちょっと、主旨が。。

まずはフェイスブックをはじめとする、SNSの定義みたいなものから。

以前、フェイスブックは人の感情をコントロールする実験を行ったと。
特定の集団に悲しいニュース、もう一方に明るいニュース。
その日どうなったか。。

怖いですねぇ。意図的にそういったことをやって問題となったと。

で、SNSの本質というのもありましたが、それは、簡単に言えば、価値観の相違の削除。

「繭」という表現がされていましたが、同じもの通しでコミュニティを作り、

摩擦をなくすことが、本質だ、と。

えー。

ほんとに?

ある人が言いました。

マーケティングとは、価値観の違う他社を排除することである、と。

誰にでも売れるように考えるのではなく、会わないものを排除していく作業だと。

そういう意味では、SNSの価値観を同じくして、摩擦を排除する、

というのが本質であれば、

今出来上がっているコミュニティそのものが、マーケティングの結果、となるわけですね。

そこに商品をぶっこめば、一番簡単な商売になるよって話になりませんか?

実際、FB広告は、コミュニティをねらって打つわけではないですが、

それに近い、登録車の情報をもとに広告を表示していくわけで、かなり効率がよい、と言えます。

で、今個人情報として扱われているものは、一昔前では、特定な有名個人の情報でなくては
意味がない、とされてきましたが、

今のデータマインぐの進歩により、不特定の個人の集団、膨大な情報から、

人が気づきもしなかった相関を発見し、うまく処理できるようになったと。

怖いですね。

そうなると、人が、大衆が操られたりしないか、という懸念が当然上がってきます。

感情のコントロールのところではありませんが、

そういった膨大なデータをもとに導かれたある結論に対して、

それを操作するように、特定のグループにある意図を持った画像なり動画なりを流したり。

そして何より、そういった技術を持てるのが、一部の企業に限られそうです。

プラットフォーマー。

SNSを提供している企業ですね。

そういったサービスを持つことで、膨大な情報を牛耳って、いろいろ活用できると。

当然といえば、当然ですが。

というか、それが目的でプラットフォームを作っているわけですし。

あとは、そういったサービスが無料で展開できる理由だとか

そのSNSのデータをもとにして、AIがかつやくするようになったら、いったいどうなるのだろうか、とか。

合理的で、正確なAIの判断に対して、人間の判断が入らない世界があってもよいのか、的なしめくくりに思います。

うーんと、、

何と処理したらよいものか。。

プラットフォーム、個人情報の収集、という意味では、あらゆる業種がそれに当てはまるかとおもいます。

ある業種では、それをリストと読んだりします。

単純に、そのまま顧客情報、ともします。

カード会社であれば、購入履歴からいくらでもその人の癖が読めます。

先日は、ソフトバンクが宅配データを使って、生の情報を収集する、という話もあります。

とにかく、なんだって情報でしょう。

弊社の新宿御苑前で貸し会議室をだれが、どういう目的で使ったか、ですら。

その量が膨大であること、そこに何らかの相関が抽出できるような手段が取り付けられるか。

その抽出の目的がなにか、というのも問題ですが。

単純に、マーケティングかもしれませんし、

FBが批判された、ひとの感情コントロール実験に使われるかもしれない。

そういった危険が今後はもっとあるかもしれないというのは、

携帯を持った誰しもが考えないといけない世界になってきましたね、っていうことでしょうか。

ほんと、自分のデータなんか落としたってなんもならんよ、というんが本音ですが、

そういった考えの集団ができるだけで、ひとつの何かを動かしかねないデータなんでしょうね。

さて、ここで、一切データに触れられていないものって、どうなるんでしょうか。

そんな人たち居ねーよ、ってなるかもしれませんが。

いやいや、うちの両親なんて携帯で通話くらいはしますが、SNSはもってのほかで、

通販すらテレビショッピングくらいの、一時代前の生活を送っています。

おそらく、若い世代でもそういう人たちっていると思うんですが。

普及率100%ではないですよね。

SNS登録者って、そこまでないですよね

私も登録していますが、メール機能以外は使ってません。

意外とそういう人は多いかと思います。

そいう人たちの、動きのない人たちのデータは「ない」という認識は、たぶんないのでは?

この「ない」という認識は、どうしているのでしょうか。

当然、なにがしかやられていると思いますが、そういった話はきいたことがありません。

膨大なデータをどう処理するか、という話は、いろいろ出てきますが、

「ない」ものをどう考えるか、という議論。

じゃぁその人たちが何の手段でいろいろ物事を進めているのか、どう判断しているのか、

という考察は、おそらくできないのでは?

という気がしますが、どうなんでしょう。

果たして、その抜けたデータが必要かどうかは別ですが、

もし、「ない」という認識なく、AIが物事を判断したら、判定を出すとしたら、
それはそれでちょっと怖いですね。

さて、これからますますAIとか、導入される世の中になるわけですが、

どうなるんでしょうか。



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